2011/11/14

米軍の「アジア重視」新戦略に3つの懸念

米軍の「アジア重視」新戦略に3つの懸念

中国の軍拡を睨みアジアへの配備拡大を目論むが・・・

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米国のオバマ政権が、安全保障面での「アジア最重視」を明確に語るようになった。アジア・太平洋の再重視だともいう。イラクやアフガニスタンを重点とした米軍の戦力を、東アジアへ回す方針だというのだ。

 中国の軍拡を睨んでの抑止戦略が最大の主眼だとされる。この変化自体は日本にとっては歓迎すべき動きだが、実際の米軍戦力のアジアへのシフトが、公表通りの実効を伴なって進められるかどうか、いくつかの深刻な懸念がなお残る。

米軍はイラク、アフガニスタンからアジア・太平洋へシフト

 米軍のアジアシフトはオバマ政権の2人の重要閣僚によってほぼ同時に明らかにされた。レオン・パネッタ国防長官とヒラリー・クリントン国務長官である。

 アジア歴訪中のパネッタ長官は10月24日の日本滞在中にも、「米国はアジア・太平洋での軍事プレゼンスを強化する」と言明した。イラクの米軍の 駐留が今年いっぱいで終わり、アフガニスタンでも米軍の規模が着実に縮小するにつれ、米軍の世界的な戦略が「転換点」を迎え、その重点はアジアへと移るの だという。

 クリントン長官も大手外交雑誌に最近、発表した「米国の太平洋の世紀」と題する政策論文で、「米国のこれまで10年のイラクとアフガニスタンでの軍事努力は、その重点を移し、今後の少なくとも10年はアジア・太平洋にシフトする」と明言した。

 アジアシフトの最大の理由はどう見ても中国である。

 クリントン長官はシフトの原因について、その論文では外交や経済、戦略の各面でのアジア・太平洋への包括的な関与が必要になったと述べているが、 同時に中国に最大の記述を費やしていた。しかも「中国の軍事力の近代化と拡大」や「中国の軍事的意図の不透明さ」という言葉を前面に出していた。

 そして、対中関与の重要性をうたいながらも、「公海の航行の自由」を再三、強調して、中国の南シナ海などでの傍若無人の行動に警告を発していた。

 パネッタ長官も、米国がこれからアジア、太平洋戦略を重視する背景として、「中国が軍事力の近代化を急速に進め、しかも透明性を欠き、東シナ海や南シナ海で威嚇的な行動を取っている」と具体的に述べていた。

日本にとって歓迎すべき「アジアに帰る米国」

 では、米軍は新しいアジアシフト戦略として、具体的にどのような措置を取るのか。パネッタ、クリントン両長官の発表や発言を総合すると、以下のような項目が浮かびあがる。

・米国は日本と韓国という年来の同盟相手との防衛の絆を強め、深める。

・米軍はオーストラリアの駐留規模を拡大し、合同演習を増す。

・米軍はシンガポールに沿岸警備艦艇を配備し、太平洋からインド洋にかけての警備活動を強める。

・米軍はフィリピンへの艦艇の寄港を増やし、地元テロ対策部隊の訓練にあたる。

・米軍は中断してきたインドネシア軍の訓練を再開する。

・米国はインドやベトナムとの防衛交流を進める。

 クリントン国務長官は米国のこうした動きを「新しい世界の現実への対応」とも形容した。日本などアジアの諸国にとっては「アジアに帰る米国」は歓 迎すべき対象である。中国が軍事拡張を重ね、国際合意を無視する行動を顕著にしている現在、超大国の米国の軍事強化はアジアでの抑止となり、安定を増す動 きだと言えよう。

 しかし、そう安心してもいられない。米国のアジア復帰が中国の膨張に対して本当に抑止や安定への実効をあげるのかどうか。

 まず上記の「強化策」を見ても、具体的な個々の措置はいずれも規模が小さく、ささやかな防衛策である。日本や韓国との同盟の強化や深化といっても、具体的な措置が浮かんでこない。

 そもそも米国のアジアでの防衛戦略自体が、いま幾多の障害に直面しているのだ。その種の障害は米国の「アジア・太平洋重視戦略」全体に大きな影を落としていると言える。その影はアジア側にとっての深刻な懸念ともなっているのだ。

米国の財政危機が国防費を直撃

 では、どんな障害があるのか。

第1には米国の財政危機である。米国政府はいま未曾有の財政赤字に悩まされ、政府の支出の大幅削減を迫られるに至った。

 議会の超党派の特別委員会が11月下旬までに支出削減の合意を成立させられなかった場合、国防費は自動的に「今後10年間に最小で5000億ド ル」という大規模な削減をされることになる。それがなくても国防総省は、自主的に現在の年間6000億ドル水準の国防費を2017年までに累積で合計 4500億ドル分を減らす方針を決めている。

 国防費の大幅カットでまず最も多く削られるのは、地上で活動する陸軍部隊や海兵隊の経費だとされる。アジア駐留米軍も、まだまだ陸軍や海兵隊の比 重が大である。だから国防長官がいくらアジアの駐留米軍の増強を求めても、予算措置という次元での部隊縮小が起きかねないのだ。

 国務、国防両長官がいくら「アジア、太平洋での軍事関与の増大」を叫んでも、その通りには実現できない可能性も高いのである。

中国に対して「弱腰」なオバマ政権

 第2の障害は、オバマ政権自体の姿勢である。

 オバマ政権は台湾が切望してきた戦闘機F16 C/D型の売却をついに拒み通した。台湾がすでに保有する旧式のF16 A/B型を部品の取り替えなどでアップグレードするという道を選んだのだった。

 米国の台湾への武器売却は米側の国内法「台湾関係法」に基づいて台湾の防衛強化のために実行することが規定されている。だが、オバマ政権は台湾が求める新鋭戦闘機を売らなかった。明らかに中国への配慮である。

 本来、対決を嫌い、軍事を軽視する傾向の強いオバマ政権がこうして中国の勢いに押されて後退を続けるという可能性は、大手安保研究機関の「新アメ リカ世紀研究所」の予測でも指摘された。東アジアでは、米中関係のパワーシフトが起きて、中国が経済や政治、そして軍事でも力を増し、オバマ政権の穏健な 「関与政策」がそのシフトを加速させかねない、というのだ。

要するに、オバマ政権は議会や共和党に推進されてアジアの軍事態勢強化を言明するところまでは動いても、中国に対しては断固たる抑止の措置を取らないという展望がちらつくということである。

日本の協力体制が不可欠だが・・・

 第3は日米同盟の弱体化である。

 日本の歴代の民主党政権は日米同盟の「深化」を唱えながらも、普天間基地問題の行き詰まりなど、実際には、むしろ同盟の後退や弱体化を引き起こし てきた。米国側でも、在日米軍の果たす戦略的な役割の重要性は今も十二分に認識しながらも、現実的な側面での日本への依存度は低いと言わざるを得ない。

 この傾向と反比例するように、米国は韓国との同盟を強化してきた。だから「東アジアで米国が最も信頼できる同盟相手国はもはや日本ではなく韓国だ」(ヘリテージ財団のブルース・クリングナー研究員)という受け止め方までが広まってきた。

 とはいえ、中国のミサイルや台湾攻略能力の増強などに対して米国が抑止体制を強化する上で、まずアジアで協力を求めなければならない同盟パートナーは、なお日本である。

 その日本が米軍基地問題を解決できず、防衛費の削減によって、対米同盟の維持に欠かせない分担を減らすとなると、米軍のアジア戦略全体が期待された効果を発揮できないことになる。

 日本の民主党政権が誕生当初に、それまでのインド洋での米軍の対テロ戦争遂行のための給油活動を止めたことへの落胆と失望は、なお米側では消えていない。

 少なくとも3つのこうした懸念が、米軍のアジア新戦略の行方に大きな影を投射していると言えるのである。

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