2011/11/12

「1261」2011.11.11 キッシンジャー緊急官邸訪問と野田首相のTPP交渉参加表明でわかる世界経済に対するアメリカの危機感。


アルルの男・ヒロシです。
今日は2011年11月11日。東日本大震災から8ヶ月目に当たる。

 また日本で激震が起こった。

  APECに出発する直前のこの日、国会ではTPP交渉参加問題に関する集中審議が行われた。野田佳彦首相は、この中でTPPの交渉内容の中に含まれる 「ISD条項」に関して質問した自民党の佐藤ゆかり議員の質問を理解できず、答弁が混乱し、質疑は委員長の石井一(アメリカの軍門に降って小沢一郎を裏 切った、山口組の元非公式幹部でもある議員)によって止められたが、30分に渡る佐藤ゆかり議員の質問に終始野田首相は右往左往した。



 5時になって集中質疑が終わり、その後の野田首相のTPP交渉に対する姿勢表明の会見を待つばかりとなった午後6時前後に首相官邸をヘンリー・キッシンジャーが突如訪問した。しかし野田首相はTPPに関する閣僚懇談会を開いていた。

  ここで、キッシンジャーは30分ほど官邸をウロウロして、番記者たちにその姿を印象づけたあとで、いったん官邸を去った。そして、午後8時から野田が TPPの交渉参加(「関係国との協議」「情報収集」と野田は表現したがこれは明らかに交渉参加表明である)の記者会見を20分にわたって行った後、8時 45分から再び官邸に姿を見せたキッシンジャーと会見したという。

(貼り付け開始)

首相、キッシンジャー氏と会談
時事通信

 野田佳彦首相は11日夜、首相官邸でキッシンジャー米元国務長官と会談し、環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加方針を伝えた。キッシンジャー氏は「米国は日本の交渉参加を求めていた。喜ばしいことだ」と評価した。
(2011/11/11-22:18)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2011111101124

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 野田首相は11日夜、首相官邸でアメリカのキッシンジャー元国務長官と会談し、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉参加に向けて踏み出す決断を行ったことを報告し、キッシンジャー氏は、これを歓迎する考えを伝えた。

 キッシンジャー元米国務長官は「オバマ大統領も、首相とお会いすることを心待ちにしています」と述べた。

 野田首相は「岡山で講演をされると。日本がどうやって世界と立ち向かっていくかについてだと。ぜひお聞きしたいですね」と述べた。

 会談では、12日から始まるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)に向けた国際関係などについて、意見交換が行われた。

 野田首相は、TPPの交渉参加に向けて踏み出す決断を行ったことを伝えたのに対し、キッシンジャー氏は、これを歓迎する意向を示し、引き続き日米関係を発展させることが重要との認識で両者が一致した。
(FNN:11/11 22:07)

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首相動静―11月11日

 【午前】6時4分、長浜官房副長官、手塚首相補佐官。7時33分、手塚氏出る。41分、長浜氏出る。49分、国会。52分、閣議。8時27分、衆院予算委員会。

  【午後】0時5分、官邸。37分、国会。39分、鹿野農水相、民主党の輿石幹事長。1時、参院予算委員会。4時47分、官邸。51分、政府・民主三役会 議。5時12分、同会議終了。6時2分、行政刷新会議。7時18分、包括的経済連携に関する閣僚委員会。8時、記者会見。21分、藤村官房長官。46分、 キッシンジャー元米国務長官。日枝久フジテレビ会長ら同席。9時6分、手塚補佐官。22分、公邸。

http://www.asahi.com/politics/update/1111/TKY201111110518.html
(貼りつけ終わり)

  ここでフジサンケイの日枝が加わっている事が重要だ。日枝とロックフェラーは交友がある。これがこの来日が老いたデイヴィッド・ロックフェラーの名代とし ての訪問であることを意味しているのである。キッシンジャーは15日にはBSフジの番組にも出演するようだ。キッシンジャーも、デイヴィッド・ロックフェ ラー・シニアの盟友である。デイヴィッド・シニアはもはや96歳であり、車椅子で移動しなければならないので余命も短い。しかし、キッシンジャーはその代 理人である。

 そして、キッシンジャーだけではなく、この数日間では、たくさんのジャパン・ハンドラーズが来日していた。まず、8日の日 経新聞主催のシンポジウムでは、「安全保障マフィア」であるリチャード・アーミテージ、ジョゼフ・ナイ、ジョン・ハムレ、マイケル・グリーンといった米戦 略国際問題研究所(CSIS)の対日震災復興タスクフォースのメンバーが来日した。



 相前後して、デイヴィッド・ロックフェラーの息子であり、現在は次期ロックフェラー財団の理事長に就任することが確定している金融投資家であり慈善活動家でもある、デイヴィッド・ロックフェラー・ジュニアが夫人のスーザンとともに来日した。デイヴィッド・ジュニアは石巻の漁業施設を視察した後で、参議院議員会館で議員らを前に閉会による講演会を開催した。この中では日米の震災後の経済連携、協力関係の重要性、人的交流の重要性を述べたのだろう。しかし、それだけで十分だ。分かる人にはわかる。



  そして、最初で述べたように、野田が訪米(ホノルルでのAPEC)する前にロックフェラー家の大番頭のヘンリー・キッシンジャーが首相官邸に突然乗り込ん できた。キッシンジャーのもとには日本のメディア関係者から野田首相が、山田正彦や川内博史の民主党反対派、自民党の多数の議員らから、そのTPPに関す る「恐るべき無知」を指摘されて追い詰められていることが情報として入っていた。ここでキッシンジャーは大慌てに慌てたにちがいない。

  だから、わざわざ午後6時過ぎに一度やってきて、わざわざ30分も官邸周辺でウロウロし、閣僚が協議している中で、ロックフェラー家の名代としてその存在 感を見せつけたということである。そして、記者会見後の夜の8時45分だというのに、再度官邸をわざわざ訪問したわけだ。普通ならこんな時間には来ない。

  なぜなら、ここ数日の欧州金融市場を見ていればわかるように、何度も何度も欧州債務危機の穴を塞いだとしても、その解決策に綻びが見える。ギリシャの包括 戦略は一応、パパンドレウ政権の崩壊と大連立政権の首班に三極委員会メンバーの ルーカス・パパデモス (元ECB副総裁)をはめ込んでいくことで決まっ ているが、一方でイタリアの長期国債の利回りがベルルスコーニ首相の辞任表明にもかかわらず危険水位域の7.8%に達した。

 そして、今 度はフランスへの債務危機の飛び火が囁かれている。すでにベルギーではデクシアの破綻があり、アメリカ国内でもゴールドマン出身者が経営していた、MFグ ローバルが欧州危機の読み違えで破綻している。米銀行が抱える欧州ソブリン債務の残高や、それを保証するCDSの持ち残高の巨額さ、CDS市場の崩壊によ る保証機能の喪失の危惧など、ユーロ圏がメルトダウンする危機が叫ばれている。

 しかも11月23日までには民主・共和の超党派の委員会 が連邦債務削減の方針を決めなければならない。これが決まらないと軍事予算を含める予算の2013年からの一律カットに追い込まれていく。この超党派委員 会は茶会党系のパット・トゥーミー上院議員がメンバーである。民主党と共和党他ティーパーティー派の対立が米国へソブリン債務危機を感染させるかもしれな い。
さらに米ミネアポリス連銀総裁が次のようなことを主張し始めた。

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ミネアポリス連銀総裁:FOMCは「緊急時対応計画」の策定を

  11月8日(ブルームバーグ):米ミネアポリス連銀のコチャラコタ総裁は、米連邦公開市場委員会(FOMC)は経済動向への対応方法を説明する緊急時対応計画を策定し、公表するべきだとの見解を示した。

  コチャラコタ総裁は8日、サウスダコタ州スーフォールズで講演。事前原稿によると、FOMCによるこうした緊急時対応策は「さまざまな関連シナリオへの対応方法について明確な指針を提供することになる」と述べた。

  同総裁は、緊急時対応策はFOMCの行動に関して消費者や企業が抱く不確実性を弱めるだろうとし、こうした不確実性がこれまで支出や雇用の意欲を抑えてきたと指摘。同対応策はFOMCの信頼性と透明性を高めるだろうとも語った。

http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=jp09_newsarchive&sid=aOw8Rqo._sLc
(貼りつけ終わり)

 中国の不動産市場に関しても中国の当局者が不吉な予言を始めた。

(貼り付け開始)

中国:不動産融資、「最悪のシナリオ」でも完全に制御-前銀監会主席

 11月11日(ブルームバーグ):中国銀行業監督管理委員会(銀監会)の劉明康前主席は11日、国内銀行による不動産融資について、不動価格が50%下落するような「最悪のシナリオ」でも「完全にコントロールできる」と述べた。

  劉前主席は北京での金融フォーラムで、銀監会が2008年以降、全ての銀行に対しストレステスト(健全性審査)を3回実施しており、土地値下がりもこうし たテストに織り込み済みだと語った。不動産融資の6割以上が不動産の相場急上昇が始まった09年6月末以前に実施されたものだという。

 劉前主席はまた、銀監会が地方政府の資金調達事業体の債務を減らすため非常に「厳しい」引き当て規定を適用しているとも説明。今年9月末までにこうした事業体の債務の60%を「クリアし規制する」よう銀行を促したという。

http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=jp09_newsarchive&sid=aOP6A4LOOHsQ
(貼りつけ終わり)

 どうも中国の不動産当局は3割くらいの不動産市場の下落を織り込み始めて動いている。これまでが、かなり爆発的な上昇だから多少下がる程度では大丈夫だろうが、「5割」という数字が出たことには私も驚いている。

 米国・欧州・中国と世界の三極で経済が緊急事態になっているのでないか。いわゆる「デフコン2」の段階ではないか。

  キッシンジャーは、パワーエリートでG2派の頭目だから、中国と地政学的な対立をする方向に誘導しているCSISのグリーンやアーミテージ、ナイの面々と は考え方が違う。しかし、グローバリストだから、アメリカの覇権を維持することには誰よりも関心がある。ナイたちとはアプローチが違う。

 キッシンジャーは「中国ロビイスト」だから世界はアメリカと中国の二極で管理するべきだと考えている。しかし、このキッシンジャーがこの10月にも訪中しており、世界経済に関する心配を述べている。

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キッシンジャー氏、米中の協力強化を強調
2011年10月20日14時19分

 キッシンジャー元米国務長官は17日夜、米中関係全国委員会設立45周年晩餐会で「世界経済が落ち込み、米国経済も回復力を欠く中、米中はなおさらに協力を深め、相互信頼を強化し、難局を共に克服すべきだ」と述べた。新華社のウェブサイト「新華網」が伝えた。

  キッシンジャー氏は「ニクソン大統領の初訪中以来、歴代米政権はいずれも中国との協力を追求してきた。これは米中協力が一貫した政策であることを物語って いる」と指摘。「米中関係は現在の世界において最も重要な二国間関係であり、世界の未来を決定する。米中は引き続き協力の理念を継承し、小異を残して大同 につき、世界の平和と安定に貢献すべきだ」と述べた。

 米中関係全国委員会のオーリンス会長は式辞で「米国経済が困難な時期にある中、一 部の政客は米国の高い失業率を中国のせいにし、中国が米国にもたらした生産力の向上や技術革新を軽視している。これらの試練を前に、協力してのみ米中両国 民に利益をもたらすことができる」と述べた。

http://www.asahi.com/international/jinmin/TKY201110200259.html
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 このようにキッシンジャーは世界経済が不透明感を深める中、米中の連携が重要である。つまり中国に米国債の買い支えと欧州への支援を要請しているわけだ。しかし、中国も頑強でなかなか欧州支援には同意しない。

 そこでキッシンジャーは戦略家としていざというときの危機回避策として、日本とアジアをブロック経済に取り込むという方針でのTPP交渉の路線でもいいから、欧州発、アメリカ経由の金融危機再燃による長期デフレに対応できる経済圏の囲い込みを狙い始めたのだ。

 そのためには日本をTPPに参加させて、アメリカ企業の輸出先、提携先を確保すると共に、米国債を買い支える(円高に対する介入)ように日本政府を仕向けることにしたのだということが今日のキッシンジャーの動きを見て私には分かった。

 アメリカはもともとピーターソン国際経済研究所のバーグステンが輸出を5年間で倍増させるという計画のもとでアメリカの経済復活を目指していた。これはG2の路線にも叶う。

  一方アメリカの安保マフィアは、中国を包囲するシステムの1つとして、通商交渉として行われていたTPPを国家安全保障の課題として再定義し、前原誠司や 長島昭久のような安保系のカウンターパートを通じて野田首相にTPPを働きかけるようになっていた。自民党の穏健親米派の加藤紘一議員は、「最近になって アメリカのTPPへの交渉への圧力が加速してきたきっかけ」として震災後の日中韓の首脳会談を挙げている。

 そして、最後にキッシンジャーが官邸を訪問し、野田首相が確実にTPP交渉に参加を決めたことを確認したわけだ。

 TPP交渉は一歩間違えば、これまで何度も書いてきたように、日本自身が中国に対する地政学的な対立を深めていく道具の一つになりうる。経済状況は欧州危機から波及して悪化していく。

 アメリカは欧州債務危機の爆発に巻き込まれることを覚悟し始めている。傷を浅くするにはどうしても日本をTPPに引きこんでおくことが必要であった。

  そして、これまで「徹底抗戦も辞さず」「民主を壊してでも交渉参加には反対」と主張してきた、山田正彦、川内博史、原口一博らのTPP反対派・慎重派たち は野田首相の事実上の「交渉参加」表明のあと、まるで手のひらを返したように、「完全勝利である」という不可解な笑みを浮かべて記者会見を行った。この裏 には表に出せないキッシンジャー周辺からの圧力があるのではないか。

 原口一博は、この時の記者会見やツイッターで「これを参加表明とい う記者がいますが、あくまで予備的交渉を言っているのであり、今までの情報収集をより念入りにやるということである」とか、「反対のあまりに反米になって はいけない。僕らはアメリカの友人たちとずっと話してきた」と話した。この発言からの圧力が相当かかった事を示唆している。原口は菅内閣の不信任騒動のと きにも言を一日にして左右した信頼ならない男だ。

 一部の反対派の民主党議員からは「不満の声」も漏れ聞こえるが、それもそのはず。どの ように野田や鹿野農水大臣が海外に向けて、あるいはキッシンジャーに向けて(すなわち96歳のデイヴィッド・ロックフェラーに向けて)、日本はTPP交渉 への参加を表明したのである。そのようにメディアが報じているではないか。

 さらにテレビ朝日の番組に出演した、安保マフィアの岡本行夫 元外務省北米一課長は、ヒラリー・クリントンが米雑誌「フォーリン・ポリシー」に寄稿した「21世紀は太平洋でアメリカの世紀を実現する」という論文(参 考)に触れて、「極端に言えばアメリカと一緒にやるのか、中国と一緒にやるのかという問題としてTPPの問題がある」と述べた。

 TPPには慎重であるべきだが、同時にアメリカ経済崩壊という現実がある。そして、それにもかかわらず野田首相は交渉参加の表明をしてしまった。

 奇しくも1929年ウォール街大暴落の前後に、太平洋問題調査会(IPR)というホノルルを拠点とするAPECの思想の前身となる組織の京都会合が開かれ、そこで日本の金解禁が決まってゆき、ここから日本経済へのアメリカ経済への「貢ぎ」が始まったのである。

 太平洋の勢力圏を確保することを打ち出したヒラリー・クリントンはロシアのメディアからは「アメリカは太平洋で覇権を狙う意思表明をした」と認識されている。

 金融経済の不安定化と世界権力政治の不安定化がシンクロし始めている。ロックフェラー帝国は断末魔をあげている。アメリカ経済に対する危機認識が必要である。アメリカはかなり深刻な状態だ。キッシンジャーの行動からそれがわかるように思う。

<参考>

ヒラリーの寄稿した最新論文の全文は以下のとおり。

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「米国の太平洋の世紀」 - クリントン国務長官のフォーリン・ポリシー誌への寄稿

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

ヒラリー・クリントン国務長官のフォーリン・ポリシー誌(2011年11月号)への寄稿

政治の将来を決めるのはアフガニスタンでもイラクでもなくアジアであり、米国はその活動の中心にいる。

  イラク戦争が終わりに近づき、米軍がアフガニスタンからの撤退を始めている今、米国は重要な局面を迎えている。この10年間、米国はこの2つの戦域に膨大 な資源を割り当ててきた。今後10年間は、米国の指導力の維持、国益の確保、米国の価値観の推進のため最も有利な立場に立てるように、時間とエネルギーの 投資先を賢明かつ体系的に判断する必要がある。従って今後10年間の米国の国政における最も重要な目的のひとつは、外交、経済、戦略などの面でアジア太平 洋地域への投資の大幅な増加を確実にすることである。

 アジア太平洋地域は国際政治の主要な推進力になった。インド亜大陸から南北アメリ カ大陸の西岸まで広がるこの地域には、海運と戦略により結び付きを強めている太平洋とインド洋がある。この地域には世界の人口のほぼ半数が集まっており、 世界経済の主な原動力となっている国の多くや、世界有数の温室効果ガス排出国もある。またこの地域には米国の主要同盟国や、中国、インド、インドネシアの ような重要な新興国も存在する。

 アジア太平洋地域が安定と繁栄の促進に向け、より成熟した安全保障と経済の枠組みを構築しようとしてい る今、この地域への米国の深い関与が不可欠である。米国の関与はこうした枠組みの構築を助け、今世紀も持続する米国の指導力にとっても有益であろう。それ はちょうど第2次世界大戦後、さまざまな機関や関係を網羅する永続的な大西洋横断ネットワークの構築への米国の関与が何倍もの良い結果をもたらし、それが 現在も続いているのと同様である。米国が太平洋国家として同様の投資をする時が来ている。これはバラク・オバマ大統領が政権発足当初に定めた戦略的方針で あり、すでに成果を挙げている。

 イラクとアフガニスタンがまだ移行期にあり、米国内では深刻な経済的課題に直面している今、米国の政界 には米軍の再配置ではなく帰還を求める者もいる。彼らは国内の差し迫った課題を優先させ、国外への関与の縮小を求めている。そうした衝動は理解できるが見 当違いである。もはや米国には世界に関与する余裕がないと言う人は、事実を全く逆にとらえている。米国は世界に関与しないわけにはいかないのである。米国 企業のための新規市場の開拓から、核拡散の抑制、通商と航行のためのシーレーンの確保まで、米国の国外での取り組みが国内の繁栄と安全の鍵を握っている。 米国は60年以上にわたり、この「帰還」議論が人を引きつける力と、こうした主張に内在するゼロサム論理に抵抗してきた。こうした抵抗を再び繰り返さなけ ればならない。

 国外では人々が米国の意図、すなわち関与と主導を続ける米国の意欲について疑問を抱いている。アジアの人々は米国が本当 にアジアにとどまり続けるのか、他の地域での出来事により再び注意をそらされる可能性はないのか、米国は経済・戦略面で信頼できる約束をし、その約束を守 れるのか、そしてそうした約束を裏打ちする行動が取れるのか疑問に思っている。そうした疑問に対してはこう答えよう。「米国には約束を実行する能力と意志 がある」

 アジアの成長と活力の利用は米国の経済・戦略的利益にとって重要であり、オバマ大統領の主な優先事項のひとつである。アジアに おける開かれた市場は投資、貿易、さらには最先端技術へのアクセスという点でかつてない機会を米国に提供する。米国内の景気回復は輸出と、アジアの拡大す る巨大な消費者基盤を米国企業が活用できるかどうかにかかっている。戦略面では南シナ海の航行の自由の防衛、北朝鮮による核拡散活動への対抗、地域の主要 な国々の軍事活動の透明性の確保など、手段を問わずアジア太平洋地域全体の平和と安全を維持することが、世界の前進のためにますます重要となっている。

  アジアが米国の将来にとって極めて重要であるのと同様に、米国の関与もアジアの将来にとって不可欠である。この地域は今、おそらく近代史上最も強く米国の 指導力と関与を望んでいる。この地域に同盟国との強力なネットワークを備え、領土についての野心を持たず、共通の利益を提供してきた長い実績を持つ唯一の 大国が米国である。われわれは同盟国と共にアジアのシーレーンを巡回し、安定を維持して、何十年にもわたり地域の安全を保障してきた。それがひいては経済 成長の環境整備に役立ってきた。米国は経済生産性、社会的エンパワーメント、人と人とのつながりを促進し、アジア太平洋全域の非常に多くの人々の世界経済 への統合に貢献している。米国は主要な貿易・投資パートナーであり、太平洋の両側で労働者や企業に恩恵をもたらすイノベーションを生み出し、毎年アジアか ら35万人の留学生を受け入れ、開かれた市場を支持し、普遍的な人権を擁護している。

 太平洋地域での掛け替えのない米国の役割を全面的 に受け入れる、米国政府全体の多面的で持続的な取り組みをオバマ大統領は主導してきた。これまでこうした取り組みは目立たないことが多かった。その特質ゆ えに(長期的な投資は目前の危機ほど関心を引かない)、また世界の他の地域でトップニュースになるような出来事が起きているがゆえに、その多くはメディア で大きく報じられることがなかった。

 私は慣習を破り、国務長官として就任後初の公式外国訪問でアジアを訪れた。それ以来7回の訪問で、 私はこの地域の急速な変化を直接目にする機会に恵まれ、米国の将来がアジア太平洋地域の将来といかに密接に絡み合っているかを端的に示してきた。この地域 への戦略的方向転換は、米国の国際的指導力の確保と維持に向けた全世界での取り組みに論理的に合致する。こうした転換を成功させるには、米国の国益に対す るアジア太平洋地域の重要性について超党派の合意を維持し、推進する必要がある。何十年にもわたり党派を問わず歴代の大統領や国務長官が実践してきた関与 という根強い伝統を、われわれはさらに推し進めようとしている。戦略的方向転換の成功には、米国の選択が世界に及ぼす影響を考慮した、一貫性のある地域戦 略を賢明な形で実施する必要もある。

 それはどのような地域戦略だろうか。まず私が「前方展開」外交と呼ぶ活動を維持する必要がある。前 方展開外交とは政府高官、開発専門家、複数の省庁で構成されるチーム、常勤職員など、米国のあらゆる「外交資産」をアジア太平洋地域のあらゆる国や地域へ 今後も送り続けることである。米国の戦略はアジア各地で起きている急速かつ劇的な変化を把握し、これに対応し続けなければならない。これを踏まえ、われわ れの仕事は6つの主な行動方針に沿って進められる。すなわち2国間安全保障同盟の強化、中国など新興国との実務関係の深化、地域の多国間機関への関与、貿 易と投資の拡大、広範囲に及ぶ軍の駐留の実現、民主主義と人権の推進である。

 米国はその地理的な特質により、大西洋国家であると同時に 太平洋国家でもある。われわれはヨーロッパとのパートナーシップとそれがもたらすあらゆる成果を誇りとしている。米国の現在の課題は、大西洋を越えて築い てきたネットワークと同様に、さまざまなパートナーシップや機関で構成される、米国の国益や価値観に合った持続的なネットワークを太平洋を越えて築くこと である。これは全ての地域における米国の取り組みの試金石となる。

 米国が日本、韓国、オーストラリア、フィリピン、タイのそれぞれと結 んだ条約に基づく同盟は、米国のアジア太平洋地域への戦略的方向転換の支点である。これらの同盟は半世紀以上にわたり地域の平和と安全保障を担い、この地 域の目覚ましい経済発展を促す環境をつくってきた。これらの同盟は安全保障上の課題が変化する時代に、米国が地域に及ぼす影響力を利用する一方で、この地 域での米国の指導力を強化している。

 これらの同盟は大きな成果を挙げているが、単にこれを維持するだけでは足りず、変化する世界に合わ せて更新していく必要がある。その際、オバマ政権は3つの主な原則に従っている。第1に、米国はそれぞれの同盟の中核的な目標について政治的合意を維持す る。第2に、新しい課題への取り組みを成功させ、新たな機会をとらえられるよう、わが国が結んでいる同盟が機敏に状況に順応できるようにする。第3に、同 盟の防衛能力と通信インフラが作戦面でも物質面でも、あらゆる国家や非国家主体による挑発を抑止する能力を備えていることを保証する。

  オバマ政権がこれらの原則をどのように実践しているかは、この地域の平和と安定の基盤である日本との同盟を見れば明らかだ。日米両国は航行の自由から開か れた市場や公正な競争まで、明確な規則を持つ安定した地域の秩序という理想を共有している。また日本での米軍駐留の継続を確実にする一方で、地域の安全保 障上の問題を抑止し迅速に対応するための合同の情報・監視・偵察活動や、サイバー攻撃の脅威に対処するための情報交換を拡大する新しい取り決めに同意して いる。この取り決めには日本政府からの50億ドル以上の資金拠出も含まれる。企業によるアクセスや人と人とのつながりを強化するオープンスカイ協定を締結 し、アジア太平洋地域についての戦略対話を開始し、アフガニスタンでは2大援助国として協力している。

 同様に韓国との同盟も強化と作戦 面での統合が進んでおり、北朝鮮の挑発行為に対する抑止と対応に向け共同能力の開発を続ける。米韓は戦時作戦統制権の円滑な移行を確実にする計画について 合意しており、米韓自由貿易協定の成立を見込んでいる。G20および核安全保障サミットでの協力や、ハイチとアフガニスタンでの共同活動を通じ、米韓同盟 は世界規模になっている。

 米国はオーストラリアとの同盟も、太平洋地域のパートナーシップからインド太平洋地域のパートナーシップへ、 さらには世界規模のパートナーシップへと拡大している。サイバーセキュリティーからアフガニスタン、「アラブの目覚め」、アジア太平洋地域の地域的枠組み の強化に至るまで、オーストラリアの助言と関与が不可欠であった。東南アジアでは米国はフィリピンおよびタイとの同盟を再確認・強化しており、例えばフィ リピンに寄港する船舶の数を増やしたり、ミンダナオでの統合特殊作戦任務部隊によるフィリピンのテロ対策部隊の訓練を確実に成功させようと努力している。 アジアにおける米国の最も古い条約相手国であるタイでは、地域の人道および災害救援活動の拠点構築に努めている。

 米国は新たな必要性に 応じて既存の同盟を更新すると同時に、共通の問題の解決に向け新たなパートナーシップも構築中である。中国、インド、インドネシア、シンガポール、ニュー ジーランド、マレーシア、モンゴル、ベトナム、ブルネイ、そして太平洋諸島の国々への米国の働きかけはいずれも、この地域における米国の戦略と関与に関 し、より包括的な手法を取れるようにするためのより広範な取り組みの一環である。米国はこうした新たなパートナー諸国に、われわれと共に規則に基づく地域 および国際秩序を構築し、これに参加するよう求めている。

 これらの新たなパートナーの中でも最も際立つ存在のひとつは、言うまでもなく 中国である。これまでの多くの国々と同様、中国も米国が構築に貢献し維持に努めている開かれた、規則に基づく制度の一員として繁栄してきた。対中関係は現 在、米国がこれまでに対処しなければならなかった2国間関係の中で最も困難で重要なもののひとつである。この関係は慎重に、落ち着いて、しかも精力的に取 り組む必要がある。これは現実に基づき結果を重視した中国への対処法であり、わが国の原則と国益に即している。

 周知の通り、太平洋の両 側には今も恐怖心と誤解が残っている。米国には中国の進歩を米国への脅威と見る人がいる。中国には米国が中国の成長を抑圧しようとしていると懸念する人が いる。われわれはこうした見方をいずれも否定する。実際には、繁栄する米国は中国の利益になり、繁栄する中国は米国の利益になる。米国も中国も、対立より 協力からはるかに多くを得られる。しかし願望だけでは関係を構築できない。前向きな言葉を効果的な協力へとより堅実に転換できるか、そして極めて重要なこ ととして、それぞれの国際的な責任と義務を果たせるかどうかは、米中両国次第である。こうした要因により、今後米中関係がその可能性を実現できるかどうか が決まる。また両国は意見の相違についても正直でなければならない。われわれは協力して取り組むべき緊急の仕事を進めるに当たり、意見の相違に毅然(きぜ ん)と断固たる態度で対処する。非現実的な期待は避けなければならない。

 過去2年半の私の最優先事項は、共通の利害のある分野を見極め 拡大すること、中国と協力して相互の信頼を築くこと、そして世界的な問題解決に積極的に取り組むよう中国を促すことであった。そのためティモシー・ガイト ナー財務長官と私は、戦略経済対話を開始した。これは米中の政府間協議の中でも最も集約的かつ包括的であり、両国の多くの政府機関が集まり、安全保障から エネルギー、人権まで、米中の最も喫緊の課題を話し合う。

 われわれは米中の軍隊間の透明性の向上と判断ミスや間違いのリスクの軽減に努 めている。米国と国際社会は中国による軍の近代化および拡張の取り組みに注目し、中国の意図を明らかにしようとしてきた。透明性を高めるような継続的・実 質的な軍隊間の関与は、双方にとって有益である。従ってわれわれは中国政府が時には不本意な気持ちを抑え、米国と共に永続的な軍隊間の対話を構築していく ことを期待する。軍民の指導者たちが海上の安全保障やサイバーセキュリティーなどの慎重を要する問題を話し合う戦略安全保障対話の強化に向け、両国が協力 する必要もある。

 米中が共に信頼を築いていく中、米国は中国と協力し、地域および世界における極めて重要な安全保障上の問題に取り組む 決意である。そのため私は頻繁に、しばしば非公式の場で、中国側の戴秉国国務委員および楊潔篪外相と会い、北朝鮮、アフガニスタン、パキスタン、イラン、 そして南シナ海の情勢などの重要課題について率直な話し合いをしてきた。

 経済面では米国と中国は、将来的に強固で持続的かつバランスの 取れた世界的経済成長を確保するため協力する必要がある。世界金融危機の後、米国と中国は瀬戸際にあった世界経済を救うため、G20を通じて効果的に活動 した。両国はその時の協力関係を基盤として前進しなければならない。米国企業は成長する中国市場への公平な輸出機会を求めている。これは米国内で雇用を生 み出す重要な要因になるとともに、中国に投資された500億ドルの米国資本が世界的な競争力を支える新しい市場と投資機会の強固な基盤を作る保証にもなり うる。一方中国企業は、米国からのハイテク製品の輸入や対米投資を増やし、市場経済が享受するのと同じアクセス条件の付与を望んでいる。米中両国はこうし た目標に向かって協力できるが、中国は今もなお改革に向け重要な措置を取る必要がある。特にわれわれは、米国をはじめとする外国企業とその革新的技術に対 する不公正な差別の撤廃、国内企業優遇策の廃止、外国の知的財産権に損害を与えたり盗用したりする措置の廃止に向け中国と協力している。さらにドルや中国 の他の主な貿易相手国の通貨に対し、中国が自国通貨の切り上げを加速する措置を取ることを期待している。こうした改革は、米中両国のためになる(事実、国 内主導型の経済成長を目指す中国の5カ年計画の目標を支援する)だけでなく、世界経済の均衡、予測可能性、より広範囲に及ぶ繁栄に貢献できる。

  言うまでもなく、米国は公式に、また非公式な形で、人権に関する深刻な懸念を極めて明確に表明してきた。公益活動をする弁護士、作家、芸術家といった人た ちが拘留されたり行方不明になったりしたという報告があれば、米国は公式にも非公式にも人権に関する懸念をはっきりと主張する。われわれは中国の政府関係 者に対し、中国が国際法を深く尊重し、より開かれた政治体制を採用すれば、はるかに大きな安定と成長の基盤を得られるとともに、パートナー諸国の信頼を高 められると主張する。そうしなければ、中国は自らの発展に不要な制約を加えていることになる。

 究極的には、進化する米中関係の指針とな る手引書はない。しかし、われわれにとって失敗するにはリスクが高すぎる。われわれは前進するに当たり、安全保障同盟、経済ネットワーク、そして社会的つ ながりという、より広範な地域の枠組みの中に引き続き対中関係を組み込んでいく。

 今後われわれが緊密に協力していく主な新興国の中にイ ンドとインドネシアがある。この2カ国はアジアでも有数の活力ある重要な民主主義国であり、オバマ政権はこの両国との間に、より広く、深く、意義深い関係 を求めてきた。インド洋からマラッカ海峡経由で太平洋に至る海には、世界で最も活発な貿易およびエネルギー輸送の航路がある。インドとインドネシアの人口 を合わせると、すでに世界人口の4分の1近くを占める。この2カ国は世界経済の主要な推進力、米国の重要なパートナーであり、地域の平和と安全への貢献に ますます中心的な役割を果たしている。この2カ国の重要性は今後さらに増す可能性が高い。

 オバマ大統領は昨年インド議会で演説し、米印 関係は共通の価値観と利害を基盤とする、21世紀を特徴付ける協力関係のひとつであると述べた。まだ乗り越えるべき障害や答えを出すべき問題が双方にある が、米国は戦略上インドの将来に賭けている。インドが国際舞台でより大きな役割を果たすことが平和と安全保障の強化につながり、インドの市場を世界に開放 することが地域と世界の繁栄拡大への道を開き、インドの科学技術の発展が世界中で生活の改善と人間の知識の進歩を実現し、インドの活気ある多元的な民主主 義がインド国民に多大な成果と改善をもたらし、他の国々にも同様の開放と寛容の道を進むよう促すことになる。そこでオバマ政権は米印2国間のパートナー シップを拡大し、インド、日本との新たな3カ国対話などを通じインドの「ルック・イースト」活動を積極的に支援し、インドを要とする、経済的統合と政治的 安定が進んだ南・中央アジアという新たな構想を描いている。

 われわれはインドネシアとも新しいパートナーシップを構築中である。同国は 民主主義国家としては世界で3番目、イスラム国家としては最も人口が多く、G20参加国でもある。米国はインドネシア特殊部隊との合同訓練を再開し、医 療、教育交流、科学技術、防衛の各分野で多くの協定を締結している。今年はインドネシア政府の招きによるオバマ大統領の東アジアサミット出席で、米国が初 めて同サミットに参加する。しかし前途にはまだ長い道のりがある。米国とインドネシアは官僚主義の障害、今も残る歴史的な不信感、相互の考え方や利害につ いての理解の相違を乗り越えるために協力しなければならない。

 米国はこれらの2国間関係を強化しながらも、多国間の協力の重要性を強調 してきた。アジアが今直面しているような国境を越えた複雑な課題に取り組むには、協調した行動を取ることができる諸機関が必要と考えるからである。アジア により堅固で統一の取れた枠組みができれば、知的財産権の保護から航行の自由の確保まで、効果的な国際秩序の基盤となる規則と責任のシステムを強化でき る。多国間の場では、責任ある行動を取れば正当性を認められ、尊敬を得られるとともに、協力して平和と安定と繁栄を損なう者の責任を問うことができる。

  従って米国は、地域機関との協力は2国間関係に代わるものではなく、補完するものであるという点を念頭に置いて、東南アジア諸国連合(ASEAN)、アジ ア太平洋経済協力会議(APEC)などこの地域の多国間機関への全面的な関与を始めている。こうした機関の行動計画の設定に米国が積極的な役割を果たすこ とをこの地域は望み、またこれらの機関が効果的に機能し迅速な対応を取れば、米国の利益にもなる。

 オバマ大統領が11月に初めて東アジ アサミットに出席するのはそのためである。その下地を作るために、米国はジャカルタにASEAN代表部を新設し、東南アジア友好協力条約の締約国となっ た。より結果を重視する行動計画の策定に力を入れる米国の姿勢は、南シナ海での紛争への対処に貢献してきた。2010年にハノイで開かれたASEAN地域 フォーラムで、米国は南シナ海への自由なアクセスと航行の自由を保護し、南シナ海における領海権の主張を規定する主要国際規則を支持する地域全体の取り組 みの具体化を支援した。全世界の商船トン数の半分がこの海域を通過することを考えると、これは重要な取り組みであった。この1年間に米国は、航行の安定と 自由に関する米国の極めて重要な利益を守るという点で大きく前進するとともに、南シナ海で権利を主張する多くの当事者間で多国間外交を維持するための道を 開いて、確立した原則と国際法にのっとる平和的な紛争解決を実現しようと努力してきた。

 またAPECを太平洋全域の経済統合と貿易上の つながりの推進を重視する、各国首脳が参加する重要な機関として強化する努力をしてきた。昨年APECはアジア太平洋自由貿易圏という大胆な提案をした。 今年11月には、オバマ大統領が議長を務め、ハワイで首脳会議が開催される。われわれはアジア太平洋地域の筆頭地域経済機関としてのAPECの地位を固め るため尽力しており、開かれた貿易と投資の促進、能力開発および規制制度の強化に向け、先進国・地域と新興国・地域を団結させるような形で経済面の行動計 画を設定する。APECとその活動は米国の輸出の拡大、および国内における質の高い雇用の創出と維持に貢献すると同時に、地域全体の成長を促進する。また APECは、経済成長を促す女性の潜在的な力を発揮させる幅広い行動計画を推進するための主要な手段を提供する。これに関し、米国はパートナー諸国と協力 し「参加の時代」の到来を加速させる意欲的な措置を取る決意である。参加の時代とは性別その他の特性に関係なく、すべての個人が世界市場の価値ある一員と して貢献する時代である。

 これらのより広範な多国間機関への関与に加え、米国は多くの「少数国間(ミニラテラル)」会合の設立・発足を 目指し多大な努力をしてきた。これは少数の当事国が具体的な課題に取り組む集まりである。その例としてカンボジア、ラオス、タイ、ベトナムでの教育・医 療・環境プログラムの支援のために発足させたメコン河下流域開発や、気候変動から魚の乱獲や航行の自由までさまざまな課題に取り組む加盟国・地域を米国が 支援している太平洋諸島フォーラムなどが挙げられる。また米国はモンゴル、インドネシア、日本、カザフスタン、韓国といった多様な国々と新たに3カ国で連 携する機会も追求し始めている。さらにアジア太平洋地域の3大国である中国、インド、米国の連携と関与の強化も目指している。

 われわれはこのようなさまざまな方法で、即応性に優れ、柔軟で効果的な地域的枠組みを構築し参加するとともに、その枠組みが世界の安定と通商を保護するだけでなくわれわれの価値観を推進する、より広範囲に及ぶ世界的な枠組みとも確実につながるよう努めている。

  APECの経済面での活動に重点を置くことは、経済政策を重視し米国の外交政策のひとつの柱に据える米国のより広範な取り組みと一致する。経済の進展が強 力な外交関係に依存し、外交の進展が強力な経済関係に依存する傾向がますます強まっている。当然のことながら、米国の繁栄の促進に重点を置くことは、アジ ア太平洋地域における貿易と経済の開放をより重視することを意味する。この地域はすでに世界の生産の半分以上、世界の貿易の半分近くを占めている。 2015年までに輸出を倍増するというオバマ大統領の目標を達成すべく努力する中、米国はアジアでの事業をさらに拡大する機会を求めている。昨年の環太平 洋地域への米国の輸出総額は3200億ドルで、米国の85万の雇用を支えた。従ってこの戦略の転換には米国にとって多くの恩恵がある。

  私がアジア各国の外務大臣たちと話す際、必ず取り上げられる話題がある。それは米国がこの地域の繁栄する貿易および金融取引に深く関与する、創造性に富ん だパートナーであることを彼らが今も望んでいるということである。また米国各地の財界指導者たちと話をした時に聞かされるのは、米国によるアジアの活力あ る市場への輸出と投資の機会の拡大がいかに重要かということだ。

 3月にワシントンで開催されたAPEC関連会合でも、そして7月には香 港でも、私は健全な経済競争に見られる4つの特徴を挙げた。開放性、自由、透明性、そして公正である。米国はアジア太平洋地域への関与を通じ、これらの原 則の具体化に貢献するとともに、その重要性を世界に示している。

 米国は新たな市場を開放しながら公正競争の基準を引き上げる、新しい最 先端の貿易協定を追求している。例えば米韓自由貿易協定は、5年以内に米国から輸出される消費財および生産財の95%について関税を撤廃し、推定7万の米 国の雇用を支える。関税引き下げだけでも米国製品の輸出額を100億ドル以上増やし、韓国経済を6%成長させる可能性がある。また米国の自動車メーカーと その従業員に公平な競争条件を提供する。従って米国の機械メーカーにとっても、韓国の化学製品の輸出企業にとっても、この協定は新たな顧客開拓の障壁を低 減する効果を持つ。

 またわれわれは、先進国、途上国を問わず太平洋全域の国・地域の経済を集めてひとつの貿易圏をつくる環太平洋パート ナーシップ協定(TPP)でも前進している。われわれの目標は、より大きな成長だけでなく、より質の高い成長の実現である。貿易協定には労働者、環境、知 的財産権、イノベーションを保護する強力な規定が必要と考える。また情報技術の自由な流れとグリーン技術の普及に加え、規制制度の一貫性とサプライチェー ンの効率性を促進すべきである。最終的には、われわれが前進したかどうかは人々の生活の質によって測られる。つまり男性も女性も尊厳を持って働き、相応の 賃金を得て、健康な家庭を築き、子どもたちを教育し、自らと次世代の生活を向上させる機会をとらえられるかどうかである。質の高いTPPが今後の協定の基 準となり、より広範な地域の交流、そして最終的にはアジア太平洋自由貿易圏の基盤としての役割を果たすようになることを願っている。

 貿 易関係で均衡を達成するには双方の深い関与が必要である。均衡とはそういう性質のものであり、一方的に押し付けられない。従ってわれわれはAPEC、G 20、2国間関係を通じ、より開放された市場、輸出に対する規制の削減、透明性の向上、公正さを実現する総合的な取り組みを推進している。知的財産権から 「自主創新」まで、あらゆることについて予測可能な規則にのっとり、公正な競争条件で事業活動をしていると米国の企業と労働者が確信を持てなければならな い。

 過去10年間のアジアの目覚ましい経済成長、そして将来も継続して成長する可能性は、日本と韓国に駐留する5万人以上の米軍兵士を はじめとする米軍が長年にわたり保証してきた安全保障と安定に依存している。領土や領海権をめぐる紛争から航行の自由に対する新たな脅威、自然災害による 影響の増大まで、今日の急速に変化するアジア地域の課題に対処するには、より地理的に分散し、作戦面で弾力性があり、政治的に持続可能な米国の軍事態勢が 必要である。

 米国は北東アジアにおける従来の同盟諸国との基地に関する取り決めを近代化しようとしており、固い決意でこれに臨んでい る。一方で東南アジアからインド洋での駐留態勢も強化しつつある。例えばシンガポールに沿岸戦闘艦を配備する予定であり、その他にも米国とシンガポールの 軍隊が合同で訓練・作戦を実施する方法を検討している。またオーストラリアとは今年、合同訓練・演習の機会を増やすため同国に駐留する米軍の規模の拡大を 検討することで合意した。さらに東南アジアおよびインド洋への軍事アクセスを拡大し、同盟国やパートナー諸国との交流を深める手段も検討している。

  インド洋と太平洋の結び付きの強まりを軍事上の概念にどう転換するかは、われわれがこの地域の新たな課題に対応するために答えを出さなければならない問題 である。こうした状況の中では、軍の駐留を地域全体により広く配置すれば大きな効果がある。米国は人道的任務への支援がしやすくなる。また同じくらい重要 なことに、より多くの同盟国やパートナー諸国と協力することで、地域の平和と安定を損なう脅威や活動に対する防衛を強化できる。

 しかし 米国の軍事力あるいは経済規模以上に、国家としての米国の最も有効な資産はわれわれの価値観の力、中でも民主主義と人権への確固たる支持である。これはわ れわれの中に最も深く刻まれた国民性であり、アジア太平洋地域への戦略的方向転換も含め、米国の外交政策の中核となっている。

 こうした 問題で意見を異にするパートナー諸国との関与を深める中で、米国は統治の改善、人権の保護、政治の自由の推進をもたらす改革を支持するよう、こうした国々 に引き続き求めていく。例えばベトナムに対しては、われわれが望む戦略的パートナーシップの構築には、ベトナムが人権保護と政治的自由を推進する措置を取 る必要があると明確に伝えている。またビルマに対しては、人権侵害の責任を追及する決意である。首都ネピドー(の政府)の動きや、増加するアウン・サン・ スー・チー氏と政府指導層との接触を注意深く見守っている。米国はビルマ政府に対し、政治囚の釈放、政治的自由と人権の推進、過去の政策からの脱却を強く 訴えてきた。北朝鮮に関しては、平壌政権は自国民の権利を無視し続けており、われわれは北朝鮮政権がこの地域や世界に及ぼす脅威を強く非難し続ける。

  米国は自国の制度を他国に強制できないし、またそれを望んでもいないが、ある一定の価値観は普遍であり、アジアを含む世界中のあらゆる国の人々がこの価値 観を尊び、安定した平和で繁栄する国家にはこの価値観が本来備わっていると信じている。これまでも世界中の人々がそうしてきたように、最終的には自らの権 利と目標を追求するかどうかはアジアの人々が決めることである。

 この10年間、米国の外交政策は冷戦後の平和の配当への対応から、イラクとアフガニスタンへの難しい関与へと移行してきた。これらの戦争が終わりに近付く中、われわれは世界の新たな現実への対応に向け政策を転換する努力を加速する必要がある。

  こうした新たな現実が新たな形で革新し、競争し、主導することを米国に求めているとわれわれは認識している。米国は世界の出来事から手を引くのではなく、 前に出て新たな指導力を発揮する必要がある。資源の乏しい時には、利益を最大化できるところに資源を賢く投資する必要があることに疑いはない。だからこそ アジア太平洋は、21世紀に米国に絶好の機会する地域となる。

 もちろん他の地域も非常に重要であることに変わりはない。米国の従来の同 盟国の大半を擁するヨーロッパは今も頼りになるパートナーであり、喫緊の国際的課題のほとんどについて米国と連携しており、われわれは同盟の機構の更新に 向け投資している。中東および北アフリカの人々は新たな進路を定めつつある。彼らが歩む道はすでに世界的に大きな影響を及ぼしており、この地域が変革する 中、米国は積極的かつ持続的なパートナーシップを約束している。アフリカは今後、経済・政治的に発展するための大きな、まだ手つかずの可能性を持ってい る。また西半球の近隣諸国は、米国にとって最大の輸出相手国であるだけでなく、国際的な政治・経済問題でもその役割を拡大している。これらの地域はいずれ も、米国の関与と指導力を求めている。

 米国は指導力を発揮する用意がある。世界中に米国が力を持ち続けられるか疑いを持つ人々がいるこ とはよく承知している。そのような意見は以前にも聞いたことがある。ベトナム戦争が終わった時、米国が後退期にあるという見方を世界中の評論家が盛んに言 い立てた。そしてそのテーマは数十年ごとに繰り返されている。しかし米国は、挫折を経験しても、必ず改革と革新により乗り越えてきた。さらに強くなってよ みがえる米国の力は、近代史上、他に類を見ない。それは自由な民主主義と自由企業という米国の規範から生まれるものであり、その規範は今も変わらず、人類 が知る中で最も力強い、繁栄と進歩を生み出す源泉である。私がどこへ行っても聞かされるのは、世界は今も米国の指導力を求めているということである。米軍 の強さと米国経済の規模は世界でも群を抜いている。米国の労働者は世界で最も生産性が高い。米国の大学は世界中で高い名声を得ている。従って20世紀と同 様、21世紀も米国に国際的指導力を確保し維持する力があることは疑うべくもない。

 今後60年間のアジア太平洋地域への関与に向けて準 備を進めるに際し、米国は過去60年間にわたりわが国の関与を方向付けてきた超党派の伝統を忘れていない。われわれは国外での米国の指導力の確保と維持の ために国内で取るべき措置、すなわち貯蓄の増加、金融制度の改革、借入れへの依存の低減、党派間の対立の克服といった措置に重点を置いている。

 このような政策の転換は容易ではないが、われわれは過去2年半にわたりその準備を整えてきた。現代の最も重要な外交への取り組みのひとつとして、これを最後までやり遂げる覚悟である。

http://japanese.japan.usembassy.gov/j/p/tpj-20111104-01.html

(貼りつけ終わり)


アルルの男・ヒロシ 拝
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